2022.05.20
馬券売り場のないウインズ
スポーツ新聞の片隅には、毎週のように前日のレースの売上高などが報じられています。ここ最近は地方の重賞レースなども含めて、「史上最高」とか「記録を更新」とか、とにかく景気の良い見出しが躍っているのはご存じの通りです。当該レースはもちろん当日1日の総売上まで上回るのが“当たり前化”しています。ちなみに白馬ソダシが話題を呼んだ先週のG1・ヴィクトマイルは、前年比118.5%の大幅アップを達成。197億円余と“史上最高”を軽く20億円以上も超える“新記録”だったそうです。ありがたい話で、馬券を購入してくださるファンには感謝、そして感謝、また感謝しかありません。
しかし、日本経済は長年にわたって停滞基調で、給料が増えているわけでもなく、国民一人あたりの可処分所得実態も目減りが続いています。ネット社会の普及拡大の潮目を巧みにキャッチしたとか、コロナ禍による巣ごもり需要にマッチしたとか、競馬界あげてのマーケティング努力は大いに評価しなければなりませんが、それを加味しても馬券が飛ぶように売れる積極的な理由にはなり得ないでしょう。現在の好循環が、右肩上がりに青天井で推移すると考えるホースマンは少数派であるように感じます。中には不吉な“バブルの影”を好調さの背後に嗅ぎとる方もいらっしゃるでしょう。
河北新報のスクープは、そんな鬱々たる気分に一筋の明かりが差し込むようでした。東北を基盤とする新聞社で、古くから福島開催の「河北新報杯」に賞杯を提供するなど競馬に広く暖かい理解を示すメディアです。その報道によれば、JRAが仙台市内の繁華街にレース映像などを大型画面で楽しめる“競馬コミュニティ”の新設を計画しているそうです。ただし馬券売場は併設されず、ファンはスマホなどを通じてしか馬券は購入できません。売上の9割以上がネット投票というご時世ですから、大多数のファンにはこれで不便はないのでしょう。商店街や地域の住民にとっても、清潔で気持ちの良い環境で風紀上の不安もない“エンターテインメントコミュニティ”の誕生は、大いに喜ばれるに違いありません。
“ギャンブルとしての競馬”はひとまず置くとして、“エンターテインメントとしての競馬”を高品質な映像で提供することで、これまで競馬に馴染みの薄かった若者たち、また豊かに充実させたい時間をたっぷり持っている(人生に貪欲な)高齢者などに、“暮らしの中(ライフスタイル)の愉しみとしての競馬”を提案することができます。競馬がもっと面白くなるキッカケになってくれることでしょう。こうして少しずつでもファンが増えていく先が楽しみになります。つまり、『目先の売上増大には直結しないかもしれないが、ファンの分母を大きく広げることで、“競馬百年”の安定的で持続的な成長の礎にしよう』という考えでしょうか。前向きで健康的なJRAの試みにエールを贈りたいですね。