2022.05.03

天才調教師が行く!

イギリスのクラシック開幕をゴーサインに、遂にシーズンインしたヨーロッパですが、早くも先週末に古馬チャンピオン路線のG1レースが開催されています。フランスのパリロンシャン競馬場を舞台に行われたガネー賞がそれで、シーズンをここから始動させた馬は、同じ競馬場で行われるシーズンを締め括る凱旋門賞で活躍すると伝えられる縁起レースで有名ですね。単なる“都市伝説”などではなく、遡ること100年前の第2回と第3回を連覇した伝説の凱旋門賞馬クサールに始まって、最近でも一昨年のソットサス、その前年のヴァルトガイスト、クサール以来6頭目の連覇達成馬トレヴと多士済々の豪華な顔ぶれが並びます。ガネー賞は古馬限定レースであることを思えば、斤量面で有利な3歳馬が強い凱旋門賞にあっては“ミラクルな”データと言えそうです。

今年、その縁起の良い出世レースで勝利の美酒を飲み干したのは、アイルランドからやって来たステートオブレストでした。この馬、知名度はイマイチの印象ですが、その実績は大したものです。3歳だった昨年、アメリカ遠征のサラトガダービーでG1初制覇を果たすと、秋にはオーストラリア最高峰のコックスプレートでも当地の年度代表馬ベリーエレガント、3歳王者アナモーを破って殊勲の大金星。女傑ウィンクスが4連覇した伝統の大一番で、日本馬リスグラシューはボーナス賞金と合わせ500万AUSドル≒4億円強をゲットしています。どれほど高いグレードを誇っているか想像いただけると思います。今季の始動戦ガネー賞の勝利で、ナント3カ国でG1を3連勝したことになります。本当に大したものですね。

アイルランドのジョセフ・オブライエン調教師が手塩にかけて育て上げた馬です。ご存じのように世界の頂上に君臨する巨匠エイダン・オブライエン師の長男として生まれています。騎手としても有能で、騎乗場のほとんどが父の育てた世界的良血馬だったのを割り引きしても、G1勝ちを量産したのは立派でした。しかし長身で大柄なため減量に苦しみ、6年前の2016年に22歳の若さでキッパリと潔く鞭を置き、アッサリ調教師に転身しています。調教師としても騎手以上に有能で、いずれ父を凌ぐのではないかと噂されるほど。実際に、調教師デビューの日に初出走初勝利を弟のドナカ・オブライエン騎乗で成し遂げた星を含めて、1日4勝の固め打ちをしたのには驚かされました。3ヶ月後にはG1初勝利、2年目にオーストラリアの国民的大レースG1メルボルンCを勝ち、4年目にはアメリカのブリーダーズカップでフィリー&メアターフを制してワールドクラスに蹄跡を印しました。こうなると“天才”と言うより、もはや“神業”のレベルに達しています。

ジョセフの“ミラクルな”事績の数々を見て来ると、ステートオブレストの凱旋門賞制覇も“夢物語”とは思えなくなります。さらに驚かされるのは、彼は開業時から障害馬育成にも熱心に取り組み、昨年までに障害G1レースで8勝を上げています。父エイダンがアマチュア障害騎手としても活躍したのは有名ですが、平地と障害の別なくトータルなサラブレッドのあり方・競馬のあり方に真摯に取り組むのは一家の伝統のようです。ジョセフは5月生まれですから、誕生日が来ると29歳と信じられない若さです。“夢の使徒ジョセフ”が、どんな歴史を書き換え、また新たに書き加えていくのか?競馬に新しい魅力が増えそうで楽しみでなりません。