2022.04.29
夢の価値
今週末はイギリスでクラシック第1戦がおこなわれ、これを合図の号砲としてヨーロッパ各地では雪溶け水のように、本格的な平地シーズンが一斉に堰(せき)を切って始まります。“シーズン発進”の聖地ニューマーケット競馬場では、土曜にクラシックの第一関門とされる2000ギニー、日曜には牝馬限定の1000ギニーがおこなわれます。ここ最近はコロナ禍で大幅に延期されたり、無事に実施されても無観客だったりと、本来の競馬からは遠く離れたイメージで違和感だらけの開催でした。随分と通常の暮らしぶりに戻りつつある中でも“ウィズ・コロナ”の心構えと対策は忘れられませんが、さほどの違和感もなく競馬が楽しめる日常というのは有難いものです。
それはさておき、2000ギニーで人気をほぼ独占しているのは、5戦5勝のネイティブトレイルというオアシスドリーム産駒。昨年あたりから絶好調の波に乗っているゴドルフィンの主戦チャーリー・アップルビー厩舎が送り込む自信の素質馬です。7ハロンまでしか経験がなく、スピード寄りの血統背景もあってマイル克服に課題を残しますが、7ハロンの英愛両G1の勝ちっぷりに余裕があり、距離のハードルは難なく超えるだろうと専門家筋は考えているようです。万が一に備えた切り札としてアップルビー師は、ドバウィ産駒のコロイバスを送り込んできます。こちらはニューマーケットのマイル戦は2戦2勝のエキスパート。水も漏らさぬ布陣とは、こういうことでしょうか。
ゴドルフィンの勢いは目を見張るばかりですが、宿命のライバル・クールモア勢も昨年来の失地回復に虎視眈々と陣容を整えてきました。昨年までは人馬、特に人の移動が困難を極めて、馬と担当厩務員や鞍上の戦略的なベストマッチが必ずしも実現できたと思えぬ節もありました。天才エイダン・オブライエン調教師もコロナには相当に苦労させられました。しかし今年は一味違います。移動の制限が軽減されて人馬の組み合わせが自由になると、馬の動きが目に見えて変わってきました。先日のナヴァン競馬場では1日5勝の荒稼ぎ!翌日のネース競馬場でも3勝を固め打ちしています。その立役者はもちろん、鞍上のライアン・ムーア騎手。今年のライアンは別人のようです。短期免許での来日が待ち遠しく感じられます。
そのライアンが2000ギニーで手綱を握るのは、キャメロット産駒のルクセンブルクという3戦無敗馬。ギニーよりはむしろダービーで真価を発揮すると評判です。もしギニーでスピード馬ネイティブトレイルを倒すようなら、ダービーでの二冠制覇は濃厚となり、その先には10年前の父キャメロットの無念を晴らし、ニジンスキー以来52年ぶりの三冠馬誕生という夢のような瞬間を目撃できるかもしれません。12年のキャメロットはダービーまで無敗の進撃を続け、三冠達成が確実視されたセントレジャーで僅かの差で2着に敗れています。距離カテゴリーとその適性が明確化され重要視される昨今では、“時代遅れ”と揶揄(やゆ)されることも多いカテゴリーを超えた三冠挑戦の野望ですが、競馬価値の実際側面は保留するとして、その壮大な夢の価値を考えれば、エイダンはそれにチャレンジしてくれる数少ない一人だと思います。今シーズンも、そんな夢のいくつかを見せてくれたら嬉しいのですが。