2022.04.19

横綱相撲の風情

爽やかな初夏の風が心地よいクラシックレースの魅力は言うまでもありませんが、絶対的な強さを誇る王者が勢いに乗る上がり馬を迎え撃つ古馬重賞は地味に映っても味わい深さを奥に漂わせています。皐月賞の“裏番組”アンタレスSのオメガパフュームの豪脚無双はファンをシビれさせ、競馬の面白さを改めて教えてくれました。相手十分の流れを受けて立つ、文字通りの横綱相撲ですね。次走は4連覇中のG1東京大賞典と同舞台である大井2000mのJpn1帝王賞でしょうか。自分の庭のように自由自在に走り抜いてくれるでしょう。

いわゆる“マスコミうけ”するような派手さに欠ける場合も少なくないのですが、成熟した古馬同士の互いを知り尽くした戦いの中で、王者の風格を瞼に焼きつける楽しみは貴重です。皐月賞前日の中山競馬場では障害のJpn1中山グランドジャンプが開催されました。11歳の春を迎えた絶対王者オジュウチョウサンに、挑んでも挑んでも跳ね返されて来たチャレンジャーたちが一矢を報いようと、マナジリを決して気力を充実させ精神を集中させてゲートインします。王者オジュウチョウサンは終始マイペースを崩しませんが、有力ライバルのケンホファヴァルト、ブラゾンダムールは隙あらばと虎視眈々、道中も微妙な駆け引きを仕掛けて来ます。4コーナーを回って最終障害に向かうあたりでは、ブラゾンダムールの手応えが抜群でオジュウをいつでも交わせる気配を充満させています。もちろんケンホも意地を見せて両馬に懸命に食い下がっています。しかし最終障害を踏み切ってジャンプすると、先に仕掛けたブラゾンが前に出ると王者が追って、王者が交わせばブラゾンが差し返し息を呑むような凄絶なマッチレースに。これも横綱相撲の風情、慌てず騒がずオジュウチョウサンの絶対王者ぶりに頭が下がります。

西谷騎手と言えば、東サラに“伝統の一戦”中山大障害の優勝レイを運び届けてくれたレッドキングダムを懐かしく思い出します。キングダムは偉大なるディープインパクトに唯一の障害G1をプレゼントした名ジャンパーで、障害戦は生涯10戦していますが内9戦で西谷騎手が手綱を握っています。ご存じのように、障害馬は特殊で専門的な訓練や馴致が必要なカテゴリーで、騎手自身が一から教え込んで育て上げる事例が多いようです。平地以上に馬と人のコミュニケーションが重要で、文字通り“寝食を共にする”間柄です。西谷騎手はデビュー戦からキングダムとの絆を深め、遂にハードラーの頂点を競う中山大障害にチャレンジするところまで昇り詰めます。

しかし西谷騎手には先約があり、晴れ舞台の鞍上は北沢伸也騎手が代打騎乗、キングダムは母系から受け継いだ無尽蔵のスタミナにモノを言わせ王座をもぎ取ります。“育ての親”であり、“刎頸(ふんけい)の友”として無二の友情に結ばれた西谷騎手が鞍上に不在だったレースは中山大障害だけです。喜ばしくもあり、ちょっと物哀しくもある瞬間でした。あれから8年、今年はブラゾンダムールとともに順調なら中山大障害で打倒オジュウチョウサンに再度チャレンジします。「まだ伸びしろがある!」と西谷誠騎手はキングダムで果たせなかった野望を燃え上がらせています。中山グランドジャンプは障害史に刻まれる名勝負でしたが、それを上回る興奮と感動を届けてくれそうです。競馬の楽しみを広げ膨らませるためにも、アンタレスSのようなダート戦、そして障害戦にもどうぞご注目を。