2022.03.17

晩年に“最高傑作”覚醒

昨日16日(水)に高知競馬場でおこなわれたJpn3・黒船賞は、園田競馬所属のイグナイターが中央馬たちを手玉にとって、父エスポワールシチーに交流重賞勝ちをプレゼントしました。2歳限定のJpn1・全日本2歳優駿のヴァケーションを出していますが、古馬のダートグレードレースは意外にも初勝利となります。今は亡きゴールドアリュールの後継馬として、地方を中心に安定した人気を誇っていますが、中央や交流での派手な活躍がないのも災いして地味な存在に甘んじています。しかし、イグナイターという待ちに待った“最高傑作”が遂に出現!同じ園田・新子雅司厩舎にいるエスポワールシチー産駒で3歳のバウチェイサーも重賞連勝中と勢いが増しています!今後はダート短距離路線で、目の離せない血統になりそうです。

エスポワールシチーといえば、忘れられない一番があります。もう13年も前の話になりますが、その年のG1・フェブラリーSは、いま思い返しても凄いメンバーが集結。その華も実もある名馬たちが、際立ったそれぞれの個性を豊かに花開かせて真っ向から激突し、フェブラリーS史上の“ベスト・バウト”と呼べる最高の競馬を見せてくれました。前年の覇者でG1級9勝を積み重ねた“ダート王”ヴァーミリオンが1番人気。不治の屈腱炎から移植手術に耐え抜き2年半の休養を経て帰ってきた老雄カネヒキリが差なく続き、ベテラン勢が人気上位を独占します。馬主が同じ金子真人さんであることから、“砂のディープインパクト”と別格の強さを讃えられた馬です。

レースは、この鉄壁とも思える両雄の砦に対して、明け4歳の“若きチャレンジャー”トリオが世代交代を迫るという構図でした。虎視眈々と長打一発に的を絞りここ一番で驚くべき底力を爆発させるスナイパー(狙撃手)サクセスブロッケン、1年足らずの間に二度も太平洋を往復するなど多忙なビジネスマンのように“空飛ぶレースホース”と愛されたカジノドライヴは、日本調教馬として史上初の北米ダート重賞を勝った馬です。その天性のスピードと馬体にみなぎる成長力は果てしない未来を感じさせました。そして、それとは対照的に3歳3月のデビュー後9ヵ月で11戦を重ねた“苦労人”エスポワールシチーが上り調子を買われて5番人気に支持されています。

気楽な立場のエスポワールと佐藤哲三騎手は、先手を奪うと自分のペースに持ち込み飄々(ひょうひょう)とレースを創り出します。しかしカジノドライヴの行きっぷりは素晴らしく、“これぞ外車本来のスピード”と安藤勝己騎手が持ったままの手応えで楽々と2番手を追走、直線の坂の上りでスパートして先頭を奪います。しかし野生の勘を研ぎ澄ませカジノが動くのを待っていたように、内からカネヒキリ、外からサクセスブロッケンが襲いかかり、ゴール線上のクビの上げ下げに勝負は委ねられました。こうなると“追うものの強み”が生きるのは常道です。大井を主戦場に数え切れないほど修羅場をくぐり抜けて来た内田博幸騎手の肝の座った手綱さばきに軍配が上がります。かつての絶頂期の力はないカネヒキリに寸分のロスもないレースをさせて、見せ場たっぷりの3着に導いたルメール騎手もさすがでした。死力を尽くす究極の戦いとなると、レースを先導したエスポワールに余力が残っていないのは当然。それでも4着に踏みとどまった地力は一級品です。ここから彼のG1級9勝という当時の日本記録樹立への覇道がスタートしています。

フェブラリーS史上最高の名勝負を演じたヒーローたちですが、カネヒキリは早逝し、ヴァーミリアンは受精能力に問題を抱えて早々と種牡馬引退、カジノドライヴもカネヒキリと同じ難病に見舞われ、競走馬として種牡馬として豊かな可能性を開花させるに至らず、ディープインパクトとキングカメハメハが相次いで亡くなった谷間の時期にひっそりとこの世を去りました。毎年のフェブラリーSで誘導馬を務めるなどファンに愛されたサクセスブロッケンは、元気に幸せな余生を過ごしています。エスポワールシチーは今年17歳を迎えました。種牡馬としては晩年に差しかかるところです。イグナイターの金星を弾みに、不幸だった戦友たちの分まで、もう一花も二花も咲かせてくれると嬉しいですね。