2021.12.22

“役者血統”【後】

“無謀にも”無名の未勝利馬がG1レースに挑んで風雲を巻き起こすと、オーソライズドと命名されたモンジュー産駒は、その雲に乗ってクラシック王道路線を歩み、最高峰ダービーの頂上まで昇り詰めます。世代最強にとどまらないスター性とカリスマ性を身にまとったオーソライズドは、群雄割拠する古馬との初対決G1・エクリプスSに威風堂々と乗り込みます。しかし彼の余りに強烈すぎる存在感は、当時まだ新進気鋭の若手だったライアン・ムーアのアッと驚く戦略を呼び醒まし、ムーアの名を歴史に残すことになる想像もできないほど不意を衝く奇襲に足元をすくわれます。しかし、オーソライズドの鞍上デットーリもやられっ放しで黙っている男ではありません。次走インターナショナルSでは横綱相撲で鮮やかに返り討ちを果たして現役最強を証明すると、凱旋門賞に堂々の1番人気で臨みます。

しかし、ラストランの花道を飾るはずだった凱旋門賞では、既に勝負づけが終わったと思われていたディラントーマスの10着に大敗という信じられない結果が待ち受けていました。生涯初めての惨敗の理由はよく分かりませんが、引退後はゴドルフィンの世界拠点であるダルハムホールスタッド入りが決まっており、大一番に臨む渾身の仕上げとまではいかなかったのかもしれません。

種牡馬入りしたオーソライズドは、つい最近の昨年も愛ダービーを逃げ切ったサンティアゴを出すなど、ここ一番に強い仔を送り出していますが、その最高傑作は無尽蔵の豊かなスタミナを生かせる障害レースで大活躍のタイガーロールという馬でしょうか?彼はグランドナショナル連覇という歴史に刻まれる金字塔を打ち立てています。3連覇が懸かった昨年は、生憎のコロナ禍によりグランドナショナル自体が開催中止になってしまいました。今年こそはとイギリス中が盛り上がったのですが、強豪馬の宿命である重バンデに配慮されて出走回避してしまいました。(グランドナショナルは重賞には珍しいハンデ戦であり、それゆえ格付けもG1ではなくG3とされます)

フランスへ移籍して信じられない数の牝馬をお相手にしているバンデにも、オーソライズドのスタミナの血が流れています。日本では想像もできない異常なほどの“バンデ人気”も優秀な障害血統の期待が大いに盛り込まれてのことでしょう。ご存じのようにヨーロッパ競馬先進国での障害人気は驚くほど高く熱いものがあります。イギリスでは平地と障害の全レース数の4割近くが障害です。フランスも3分の1のシェアを占め、アイルランドに至っては障害レースが平地を上回るほど盛んです。ちなみにJRAでは障害は年間125レースに過ぎず、シェアにして3%強という貧弱ぶり。スタミナ優先のステイヤー血統が顧みられないわけです。思いもかけなかったバンデの成功が、馬の一生という観点から現役寿命の長さという面も併せて、障害レースのあり方を考え直すキッカケになればと切に思います。