2021.11.30
名牝への登龍門
良いレースでした。コースから三々五々、息を整えながら戻って来る人馬たち。その悔いのない表情に浮かぶ、力を出し切った者にだけに許される爽やかさが、スタンドを吹き抜ける風のように心地良く琴線に沁みました。
馬上から降り立ったジョッキーの誰一人としてレースへの不満や心残りを口にする者はいませんでした。歴史に刻まれる立派なジャパンカップだったと思います。コントレイルの有終の美を飾る乾坤一擲(けんこんいってき)駆けも見事でしたし、オーソリティはステイヤーとしての奥の深さが本物であることを証明しました。シャフリヤールは偉大な先輩ダービー馬に真っ向から一騎討ちを挑んで最後の最後で力尽きましたが、来年は間違いなく更に強くなると納得させられました。
しかし、感動させられたのはそれだけではありません。牝馬たちの頑張りは拍手喝采ものでした。出走18頭中、無敗の三冠達成馬を含むダービー馬が4頭、ヨーロッパのG1馬でビッグレース常連の実力派が2頭といった史上最強クラスのメンバーに混じって3頭の牝馬が東京コースを伸び伸びと駆け抜けましたが、フランスからの遠征馬グランドグローリーと日本のオークス馬ユーバーレーベンがコントレイルに続く上がりタイムを計時して掲示板争いに食い込んできたのには驚かされました。それに続いたシャドウディーヴァの粘りも立派なものでした。
考えてみれば、ジャパンカップの際立った特徴は牝馬たちの頑張りにありました。81年に行われた記念すべき第1回のゴールに1番先に飛び込んだ牝馬メアジードーツや、89年にオグリキャップとの死闘を制したホーリックスのような男まさりの勝ち馬ばかりではなく、後に名繁殖馬として世界の競馬史に名を残す名牝も少なくありません。ジャパンカップ、その“裏テーマ”は実は「名牝たちの登龍門」ということだったとも言えそうです。83年に来日したアーバンシーは、前走で凱旋門賞を制したにもかかわらず当日は10番人気という低評価で、実際レースでも日本騸馬レガシーワールドの8着と地味な結果に終わっています。しかし、彼女は今世紀世界最高峰の高みに立つ種牡馬王ガリレオ、凱旋門賞母子制覇を成し遂げた名馬シーザスターズ兄弟の母となり、現代の凱旋門賞を語る上で欠かせない存在として輝くばかりの影響力を及ぼしています。
世紀が変わった06年にディープインパクトの敵役として招かれたウィジャボードはヨーロッパ年度代表馬に二度も君臨した名牝ですが、王者ディープの脇をシッカリ固める3着といぶし銀の存在感を見せてくれました。彼女は繁殖に上がるとガリレオとの間に英愛ダービー馬オーストラリアを輩出しています。オーストラリアは今回来日したクールモアの刺客ブルームの父となった馬です。もともとウィジャボードは、ジャックルマロワ賞で日本馬タイキシャトルに手も足も出なかったケープクロスが出した最初の一流馬であり、この成功を見てアーバンシーにケープクロスが付けられ名馬シーザスターズが誕生したという縁(えにし)に結ばれています。ジャパンカップが取り持つ絆と言えなくもないのが、何ともドラマティックですね。