2021.11.08

競馬はスピードだ

25年前、ブリーダーズカップ(BC)クラシック挑戦を志してタイキブリザードとともに海を渡った藤沢和雄調教師が、“チーム矢作”の歴史的快挙を称えるメッセージを贈っています。「競馬はスピードだ」と藤沢先生は喝破します。ゴール前で狭い馬群を切り裂いたラヴズオンリーユーと川田将雅騎手の瞬発力もスピードなら、早めに先頭に立ち次々と襲いかかる刺客たちをガンとはね除けたマルシュロレーヌとオイシン・マーフィー騎手の持久力もスピードだったとカテゴライズできるでしょう。本当に立派な競馬だったと思います。

藤沢先生の分析どおり、競馬の本質とそれに対する個々のサラブレッドの適性を見抜いていた矢作芳人調教師の慧眼(けいがん)も恐るべきものだったと思います。とくにマルシュロレーヌのBCディスタフは実に鮮やかな選択眼と勝負への集中力の賜物だったと思います。春のドバイワールドC、秋のBCクラシックといった世界の最高峰としてそびえ立つダート頂上戦には、まだ手が届かない日本調教馬ですが、牝馬のディスタフはそれ以上の難関と考えられて来ました。そもそもダート競馬のレベル自体に乗り越えられないほど高い壁が存在し、個々の馬たちの層の厚さも牡馬以上に段違いに移っていたからです。

矢作先生が着目したのはマルシュロレーヌが秘める“芝のスピード”だったようです。アメリカのトップクラスのレースでは、ダートといえども芝に遜色のない走破時計を叩き出すのが普通です。この血統的に磨き上げられ、育成と調教で鍛え上げられたスピードに、ダート後進国で生まれ育った日本調教馬が対抗するには、芝でのスピードをダートで生かせる馬を創ることが近道では?この発想は“コロンブスの卵”だったようです。マルシュロレーヌは、ご承知のように芝のレースばかりを使われてオープンまで登り詰めて来たスピード馬でした。展開に少し注文がつくところはありますが気分良く走らせれば、芝2000mの準オープンを1分57秒台で勝ち負けまで持ち込める“速さ”と“切れ”と、競り合って怖気(おじけ)ない“持久力”と“勝負根性”を発揮する馬だったようです。重賞では思うようにレースをさせてもらえず頭打ち状態が続きましたが、

ようやく昨年の4歳9月にダート初挑戦。小倉の準オープン・桜島Sを鮮やかに差し切って、続く交流G2レディスプレリュードで重賞初制覇を飾ります。勢いに任せてJBCレディスクラシックでG1に臨みますが、先行勢に巧く立ち回られて3着まで。普通であれば、今年もダート牝馬最高峰のここをリベンジする選択肢を最優先に検討するところなのでしょうが、馬主さんも含めた“チーム矢作”は迷わず渡米のカードを引きます。この勇気ある選択が“世紀の大波乱”を巻き起こしました。果敢に先行したG1・4勝を含め5連勝中の大本命レトルースカが潰れるほどの超ハイペースとなり、マルシュは縦長の展開を後方から一気に捲り切ってしまいます。何が起きるのか分からないのがレースです。いつも思うのですが、歴史の変わり目というものは、誰も予測もしなかった空気の中で突然生まれるものなのですね。“チーム矢作”の歴史を書き換える一世一代の大仕事に改めて敬意を表します。