2021.10.19

アルマゲドンの醍醐味

先週末のイギリスは、超長距離、中距離、マイル、スプリント、牝馬限定などカテゴリー別に今シーズンのチャンピオンを争うアルマゲドン(最終決戦)が繰り広げられる「ブリティッシュ・チャンピオンズデー」で大いに盛り上がりました。中でもファンを熱くさせたのは、マイルのチャンピオンシップを巡って、不動の王者パレスピアとデビューから無傷の5連勝でG1ウイナーまで登り詰めた驚異の昇竜馬バーイードが直接対決するG1クイーンエリザベス2世Sでした。

パレスピアはデビューから負け知らずで世代マイル王決定戦のG1セントジェームズパレスSで圧倒的な人気に支持されていたピナトゥボを倒し、ヨーロッパ最高峰レースのG1ジャックルマロワ賞は歴戦の古馬を迎え撃って不敗記録を5連勝まで伸ばしたスピードスターです。昨年のG1クイーンエリザベス2世Sで不覚を取り初黒星を喫しましたが、ゴスデン師の手で慎重に立て直された今年は、慎重にG2レースから始動し、ロッキンジS、クイーンアンS、連覇のかかったジャックルマロワ賞とG1を3連勝して順風満帆、ロンジン社提供のレーティングでもマイル部門では他を寄せ付けない世界トップを独走しています。

“弁慶の泣きどころ”という言い伝えがあります。無双の強さを誇る強者(つわもの)であっても思いもかけぬところに弱点を抱えているものだというタトエ話ですが、パレスピアの場合は父キングマン譲りの凄まじく切れる瞬発力を爆発させるかと思えば、勝ち気な余り常に他馬を追い抜こうとする闘争心を燃やし過ぎるあたりに“泣きどころ”を秘めていたようです。そのため主戦のランフランコ・デットーリ騎手は、ゲートをゆったり出してライバルを先に行かせると、前に壁をつくるように後方から進み、おおむねラスト2ハロン標を目安に外に出してスパートする戦術を、“黄金の方程式”として連勝を重ねて来ました。ゴスデン師の辛抱強い調教が、闘争心の塊りのような馬に勝機を待つことを覚えさせたのでしょう。

ところが、この日のパレスピアとデットーリ騎手はスンナリと前め3番手に付けると、前に他馬を置くこともなく伸び伸びと走ります。バーイードはその直後でパレス1頭をガッチリとマークします。ラスト2ハロンからパレスが突き放しにかかりますがバーイードも遅れず追走して、火を噴くようなマッチレースに。パレスピアが一瞬で一刀両断する鋭い瞬発力が持ち味なら、バーイードは良い脚を長く使える持久力に秀でています。ゴール前では獲物を追い続けたバーイードの執念に凱歌が上がりました。

パレスピアとデットーリ騎手が、前でドッシリ構えてライバルが来るのを待つ“横綱相撲”にこだわったのか?あるいは燃え上がる闘争心に火がつく本来の心身状態に微妙に足りなかったのか?見た限りでは、まったく分かりませんでした。バーイードは良い脚を長く使える長所を生かして、来季は距離を延ばして10ハロン王者を目指すようです。パレスピアはおそらく種牡馬の道を選ぶのでしょうね。瞬発力の凄まじさは日本の馬場で最高に生きる可能性を秘めており、ぜひ産駒たちがやって来るのを待ちたいと思います。