2021.10.21

ミシュリフの冒険

競馬の母国イギリスに“その人あり”と知られるジョン・ゴスデン調教師は、最初はダート王国アメリカで開業し、後に凱旋門賞連覇のエネイブルの馬主となるジュドモンドファーム総帥のハーリド・アブドゥッラー殿下のたび重なる強いオファーで帰国しています。“世界を股にかけて”磨き・鍛え・高めた見識や技術、その戦略眼は他の追随を許さないと尊崇を集めています。そのゴスデン師が「芝・ダートを問わず10ハロン前後の適性がもっとも高い」とジャッジして、その管理馬ミシュリフは2年連続して凱旋門賞2400mをスルー、英チャンピオンS2000mにチャレンジすることになります。ご存じのように、ミシュリフは今年2月のサウジC一発で11億円余を稼いだ稀代の“バウンティハンター(賞金稼ぎ)として有名になった馬です。

言われてみれば、3歳だった昨年は2着に敗れたダート1600mのサウジダービー以外は、リステッドのニューマーケットSに始まってG1仏ダービー、G2ギヨームドルナーノ賞とすべて2000m前後の距離で勝利を上げています。最終戦の英チャンピオンSこそ古馬の壁に跳ね返されましたが、捲土重来を機して今年もダート1800mの2月サウジCを皮切りに、3月ドバイシーマクラシック2400mでクロノジェネシスとラヴズオンリーユーの日本牝馬軍団の競り合いをクビ+クビ抑え込み、さらに7月はエクリプスS2000m、キングジョージ6世&クイーンエリザベスS 2400mと様々なシチュエーションで距離適性を確かめて来ました。決定打となったのは8月のインターナショナルS2000mで、斤量の軽い3歳馬や牝馬に6馬身差の圧勝で“10ハロン最強”を証明します。ここで今年も凱旋門賞はパスして、英チャンピオンSの“10ハロン王座”に目標は絞られました。しかし道中で進路をカットされるなどの不利があったとは言え、勝ったシリウェイから7馬身置き去りにされる4着と言い訳のできない敗戦を喫します。師の口中に苦いものが込み上げます。

この2年間のミシュリフと自分自身の挑戦は、砂と芝の“二刀流”で高額賞金を稼ぎまくったことだけだったのか?オーナーであるファイサル王子は、快速インヴィンシブルスピリットを擁して世界競馬に現在進行形の大きな影響を及ぼしている名ホースマンであり、世界をザワつかせたサウジCは故国サウジアラビアの国運を賭した一大イベントであり、その最高責任者であるサウジアラビア・ジョッキークラブ会長の要職にあるのですから、愛馬ミシュリフを出走させない理由はありません。

しかし概ね春先から秋半ばまでをシーズンとするヨーロッパの競馬体系と
春まだ浅い2月に挙行されるサウジCデーでは、開催時期に少なからぬ違和感もあります。イギリスのオフィシャルな1シーズンは、毎年5月第1土曜を目安に開催される2000ギニーを起点に、10月第3土曜開催のカテゴリー別の王者決定戦チャンピオンズデーがフィナーレとされています。英チャンピオンSは、その中でも頂点のさらに頂上とされる歴史と伝統、そして最高のステータスを誇っています。その前後にも競馬自体は行われていますが、チャンピオントレーナーやリーディングジョッキーなど栄えある顕彰者は、この期間だけを対象に成績が集計され決定します。クラシックやG1レースに出てくるような一流馬は、このオフィシャルなシーズン中にだけ競馬をするのが一般的です。シーズン前には、G1馬が出られるレースがそもそもありません。最近では、ゴドルフィン所属馬は一流馬でも3月末のドバイワールドカップデーを目標にしていますが、かなり強い馬でもシーズン後半に“ガス欠”することもしばしばです。長い時間の積み重ねの中で、サラブレッドと人とに日々のルーティンを通して染みついた“シーズン感覚”は、番組編成者やレーシングマネージャーの“叡智”だけでカバーできるものではないようです。

2月のサウジ開催が使い出し!という“ミシュリフの冒険”は、今後の世界の新トレンドとして定着していくのでしょうか?
サウジアラビア競馬は、お隣のバーレーンとともに来季から「パート3国」から「パート2国」へと格上げされ、それに伴い無格付けだった総賞金22億円のサウジCも晴れて国際G1へと昇格します。「パート1国」に昇格するまで10年くらいの香港競馬の勢いを思い出していただければ、サウジアラビアが競馬一流国への道を歩み続けているのは容易に想像できそうです。ファイサル王子の貢献とミシュリフの献身は、永遠に讃えられるでしょう。

ドバイ、カタール、バーレーン、サウジアラビアなど中東諸国は距離的にも近く、ヨーロッパ圏に似た日常的な交流の可能性が広がります。地域ぐるみでレベルアップが進められるアドバンテージ(優位性)は島国日本などにはうらやましいほどですね。そして総賞金22億円のサウジC、ドバイワールドカップデー全体で33億円超という飛び抜けた巨額賞金が魅力的なインセンティブとして、世界の著名ホースマンの目を中東に向けさせるでしょう。そして世界の超一流馬たちのローテーションを大きく変化させる予兆すらあります。長い間ホースマンが親しんで来た“2000ギニーからチャンピオンズデーまで”といったシーズンの概念(コンセプト)が別のものに置き換わるかもしれません。最終的に成功の高みには達しませんでしたが、ファイサル王子とミシュリフの冒険は、それくらいインパクトに富み競馬の歴史を書き換える可能性を秘めたものだったと思います。