2021.10.04

2400m王国

第100回凱旋門賞は、14頭中12番人気の超伏兵馬トルカータータッソが、今やロンシャン名物となった粘りつくような重馬場に、各馬が喘(あえ)ぐように辿り着こうとするゴール前で、1頭だけ軽やかに宙を舞うように決勝線を駆け抜けました。ドイツ調教馬は古くは1975年に20番人気で 3馬身突き抜けた超穴馬スターアピール、最近では10年前のデインドリームに続く3頭目です。3年前のヴァルトガイストはフランス調教馬でしたが、母系に流れる血は折り紙付きのドイツ血統そのもので、ドロドロの極悪馬場でエネイブルの 3連覇の野望を打ち砕いています。ドイツ魂は道悪となると爆発するのでしょうか?

ドイツはG1レースの大半が2400mに設定されている“チャンピオンディスタンス王国”として有名です。ヨーロッパでは一番遅く7月上旬にドイッチェダービー2400mが終わると、最初のG1であるダルマイヤー大賞こそ2000mですが、以降8月からはベルリン大賞、バーデン大賞、オイロパ賞、バイエルン大賞と、すべてが2400mで施行されます。その合間にも、伝統的に交流の盛んなイタリアのジョッキークラブ大賞、ミラノ大賞などに遠征しますが、これらも2400mの距離で行われます。つまりドイツで調教されるサラブレッドたちは、2400mを走るために生まれて来たようなものです。世界一の生産頭数を誇るアメリカのサラブレッドたちが、 3歳5月第1土曜に行われるダート2000mのケンタッキーダービーを走るために、血統を吟味され・調教を施され・レースを使われるのと同じ現象なのでしょうか?

これに対して、我が国には距離2400mのG1レースは、ダービー(オークス)とジャパンカップしかありません。ジャパンカップは時期的にも凱旋門賞の2カ月近く後の開催で前哨戦にはなり得ず、同じ2400mの凱旋門賞を戦うために十分整った環境とは言えません。G2なら日経新春杯とか京都大賞典、また2500mに範囲を広げれば日経賞、目黒記念、アルゼンチン共和国杯などが散見されますが、開催時期やハンデの重さを考えると二の足を踏まざるを得ません。ドイツ馬のイタリア遠征に限らず、ヨーロッパでは番組編成自体がエリア全域をカバーできる仕組みになっていますが、日本ではそれも望めません。古来「凱旋門賞はヨーロッパ調教馬以外には勝てない」と言われて来たのも、このあたりの事情が横たわっているからでしょうね。2400m戦の“武者修行”に適したレース環境も凱旋門賞制覇のハードルの一つかもしれません。

血統の問題も根深いものがありそうです。近年の凱旋門賞は、6年前の勝ち馬ファウンド(父ガリレオ)に始まって、連覇したエネイブル(父ガリレオ系ナサニエル)、前出のヴァルトガイスト(父ガリレオ)、昨年のソットサス(母の父ガリレオ)まで。また各年の上位馬もガリレオの母であるアーバンシーを何らかの形で持っている馬たちの独壇場でした。今年の勝ち馬トルカータータッソは、昨年のドイツリーディングサイアーに輝いた父アドラーフルークの 3代母アルヤと母系4代目アレグレッタの全姉妹クロス3x4を持ち、ちなみにアレグレッタはアーバンシーの母という深い縁に結ばれています。どうやら凱旋門賞の頂きに到達するのは、我々が考える以上に難しく、そこには想像を簡単に超えて行く奥深いものが潜んでいそうです。