2021.09.16

ゴドルフィンの変貌

クールモア(バリードイル)のお話をしてきましたが、この“世界王者”を語るには、最大のライバル・仁王立ちするゴドルフィン抜きには片手落ちでしょう。20世期末から今世紀にかけて世界競馬の覇権を熾烈に競う両雄は、1995年にエイダン・オブライエン師がバリードイル後継者に抜擢されて以来、G1通算382勝・今年16勝と相変わらず突出した実績をドンドン積み重ねています。1992年にドバイのモハメド殿下の強力なリーダーシップで創設されたゴドルフィンは、通算347勝・今年14勝と激しく宿敵を追い上げています。G1ばかりが競馬ではありませんし、勝利数でわずかに後れを取っていますが、その内容は素晴らしく、世界の頂上を激しく争っているのは間違いありません。

今年は春先のドバイワールドCでアメリカ調教馬ミスティックガイドが勝利の美酒を呑み干すと、主戦場のヨーロッパではチャーリー・アップルビー厩舎のアダイヤー&ハリケーンレーンのフランケル産駒二騎が大ブレーク。前者は今年の英ダービー、キングジョージを連勝し、後者は愛ダービー、パリ大賞、英セントレジャーの三国でG1を連勝中と、ゴドルフィンの勢力拡大を実現したばかりか、フランケルのリーディングサイアー初戴冠を強力に後押ししています。凱旋門賞では、クールモアのディープインパクト牝馬スノーフォールや、G1を5連勝中のセントマークスバシリカの行く手に立ち塞がるのでしょうね。アメリカはエッセンシャルクオリティがケンタッキーダービーで不覚をとった以外は不敗の進撃を続けており、頂上決戦BCクラシックはミスティックガイドとのゴドルフィン対決になりそうな雲行きです。

全ての権限をエイダン・オブライエン調教師に集中させ、バリードイル一か所で集中管理しているクールモアに対して、チーム・ゴドルフィンはモハメド殿下が重要な意思決定を統括し、ドバイとニューマーケットに厩舎を構えるサイード・ビン・スルールとチャーリー・アップルビー、そして広いオーストラリアを統括するジェームス・カミングスが専属調教師としてスリートップを形成し、イギリスのジョン・ゴスデン、フランスのアンドレ・ファーブル、アメリカのボブ・バファートなど大規模な馬房を擁する各国のトップステーブルにも有力馬を預託しています。馬房制限が厳しい日本は、ゴドルフィン一辺倒では厩舎経営リスクが大きいため、40以上もの厩舎に分散して預託している現状です。将来的にはいずれ厳しい競争に勝ち抜いた厩舎に統合されていくのでしょうが…。騎手はウィリアム・ビュイック、ジェームズ・ドイルが最優先で騎乗し、フランスではミカエル・バルザローナが主戦を務めています。

ゴドルフィンの取り組みは多岐に渡ります。生産部門ダーレーと競走部門ゴドルフィンを統合し、モハメド殿下のリーダーシップが発揮されやすい一気通貫型組織のゴドルフィンへと統合します。クールモアの組織理念を取り入れた改革とも言えそうです。その中で5年ほど前から“剪定(せんてい)戦略”を熱心に進めて来ました。「剪定」とは、園芸などで樹木の枝を切り、形を整え見た目を美しくするのみでなく、風通しを良くすることで病害虫の発生を予防して養分を効率よく吸収させ、健康な成長を促す効果があるとされています。繁殖牝馬群を根本的に見直し、その削減とセリを通しての新しい血の導入、それらを含む再編成による生産事業全体のレベルアップを目指しているようです。その一環として、長年に渡ったクールモアとの交流断絶に雪溶けが訪れ、ガリレオ種付けを解禁するなどゴドルフィンの配合バリエーションは劇的に広がります。その恩恵を受けて馬づくりの理想に一歩近づいた第1期生が、3年前に誕生した前出のアダイヤー、ハリケーンレーン、エッセンシャルクオリティなどの優駿たちです。日本も含めたゴドルフィンの動向には、今後とも目が離せそうにありません。